共有

第46話  

おいおい、あれって谷雪じゃないか?

 この間、あの芸能事務所の井上社長が、谷雪をドラマの脇役で、佐野紫衣を主役でって考えてるって聞いたんだけどさ、断られたって話を聞いたばかりだぜ。

 まさか、こんなところで会うとは思わなかったな。

 だが、今の彼女はテレビで見るほど輝いてはいなかった。

 左の頬が赤く腫れ上がっていた。森岡がここにいるにも関わらず聞こえてきたのだから、相当強く殴られたのだろう。

 森岡は、以前から谷雪のことが好きだった。数々のドラマや映画に出演し、オタクキラーと呼ばれていた。森岡も、当時としては立派なオタクの一人だったのだ。

 かつて心を奪われた女神の姿を見て、森岡は少し元気をなくした。

 やはり、貧乏人の目には輝いて見える女神も、あのような権力者からすれば、単なる玩具に過ぎなかった。

 不当に扱われて、平手打ちまでされたというのに、それでも媚びを売るとは。

 しかし、今の森岡自身も、周りの人間から見れば、大物の一人なのだが。

 谷雪は、赤く腫れ上がった頬をそっと手で押さえながら、静かにすすり泣いていた。

 彼女は酷く傷ついていた。あの男が彼女の尻と胸を触ってきたので、それを止めようとしただけなのに、平手打ちを食らわされてしまったのだ。

 彼女は、ここから動こうとしなかった。だってマネージャーは、もしこの大物たちに気に入られなかったら、自分の将来は終わりだと告げたのだ。

 彼女だけでなく、彼女が所属する事務所も、共倒れになってしまうだろう。

 だから、ここで大人しくして、相手の機嫌が直るのを待つしかなかったのだ。

 「おい、森永、いい加減にしろよ」田中は眉をひそめて言った。

 「田中、お前は黙ってろ。ちょっと触ったぐらいで、よくも俺の前で清純ぶってくれるな。いいか、谷雪、今夜、俺の言いなりにならなきゃ、どうなるか分かってるよな?明日には、お前を芸能界から消してやる」

 「申し訳ございません。森永様!」谷雪は、か細い声で謝った。

 「謝って済むと思ってるのか?今夜、俺の言うことを聞けば、許してやる。分かったな?」

 「申し訳ございません。森永様!」

 「聞こえなかったのか?」

 「森永様…あ…あの…」

 「わざとやってんのか、このくそ女!」

 森永はそう言うと、再び立ち上がり、谷雪の顔面めがけて、強烈な平手
ロックされたチャプター
この本をアプリで読み続ける

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status